見誤ったのは、私自身──中国での4年間が教えてくれた“忠誠”の代償
2025/08/06
2016年、私は中国で働くことを決めました。
かつて尊敬していた人からの誘いで、現地で立ち上がる新しい会社に参加することになったのです。
当時の私は、地方の企業でくすぶっていました。
実力を試したい、海外でキャリアを築きたい。そんな思いが強く、
その話に飛びついたのは、ある意味で当然だったかもしれません。
けれど今思えば、あのとき私はすでに“判断”を放棄していたのかもしれません。
「見ないふり」を選んだのは自分だった
報酬の話に齟齬があったときも、
必要書類が足りずビザ取得が遅れたときも、
すでに兆候は出ていました。
私はそれに気づきながら、「見ないふり」を選んだのです。
このままじゃ変われない、だからこのチャンスに賭ける。
自分を納得させた言葉は、冷静に言えばただの自己都合の正当化でした。
“恩”と“忠誠”を履き違えた
誘ってくれた人に、私は過去に助けられた記憶がありました。
その記憶が、盲信を生みました。
この人を信じたい。裏切りたくない。
そんな感情が、正常な判断を麻痺させていた。
恩を受けた過去に縛られ、忠誠を差し出すことが「正しい」と信じた。
でもその選択が、自分の尊厳を少しずつ削っていくことには、目を背けていました。
私は「被害者」だったか?
不条理な扱いは日常でした。
成果を横取りされ、生活の雑務を押しつけられ、否定される毎日。
でも、今の私は言い切れません。
私は被害者であると同時に、「加担者」でもあったのではないかと。
中国人スタッフや通訳が理不尽な扱いを受けるのを見ても、私は沈黙していました。
自分の立場を守ることに必死で、誰かを守る余裕などありませんでした。
それが、あの現場にいた“私”の、ありのままの姿です。
そして、プロジェクトは頓挫した
工場が完成する前に、会社は解散になりました。
やるべきことも、形になる前にすべて消えました。
最後に、通訳の女性に頼んだのは、こういうことでした。
「彼らと同じ飛行機では帰りたくない。最後まで、支配されたくないから」
その言葉には、自分の無力さと、せめてもの自尊心がにじんでいたように思います。
「残りませんか?」という言葉
通訳の女性はそのあと、董事長に連絡を取りました。
そしてこう言われました。
「あなたは中国に残りませんか?」
私は驚きました。
おそらく“人間性”ではなく、“実務面”で評価されたのだと思います。
でも、それでも構いませんでした。
あの関係性を断ち切り、自分の意思で残ると決めた。
それが、ようやく始まった「自立」の最初の一歩だったと、今は思います。
4年後にようやく見えた、自分のこと
それから4年。
私はいくつもの場面で失敗し、落ち込み、傷つきながらも中国で身を置き続けていました。
その中で気づいたのは、「自分は完璧ではない」という、ごく当たり前の事実でした。
・チャンスを前にして、疑問を飲み込んだこと
・利益を優先して、違和感を放置したこと
・傷つけられたと感じながら、沈黙を選んだこと
全部、事実です。
でもそれらを否定せず、認めた上で歩き直していることが、今の自分を支えてくれています。
終わりに
あの4年間で私が得たのは、スキルでも実績でもありません。
得たのは、「人を見る目」と「自分を疑う視点」でした。
感謝はできない。
でも、あの経験がなければ、今の私はいなかった。
そう言えるようになったのは、
4年かけてようやく、自分自身を受け入れる準備ができたからだと思います。
もし、今なにかを飲み込もうとしている人がいたら、
この記録が、その人の中の「小さな違和感」の背中を、そっと押せたらいいなと思っています。
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